Monday, January 31, 2011

1月の読書メーター

読書メーターというサイトがあります。

わりとすっきりしたデザインのサイトで、いい雰囲気です。
読んだ本の感想を記録したり、他の人の感想を眺めたり。
同じ本についてのいろんな人の感想をまとめて見ることができるのが、楽しい。
Amazon の書評よりも、構えていない感想が多めで、また別の味があります。

ログインして読んだ本についてのコメントを書いておくと、その場で記録されるだけでなく、翌月になると先月の読書メーターということでまとめ文を作ってもくれます。便利ですね。

私は読んだ本をぜんぶは読書メーターには記録していないので、1月の読書メーターは次のようになりました。1月に読んだ(読み終えた)本は、実際には23冊でしたが、読書メーターに書いたのは4冊でした。

1月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:871ページ

ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学 (幻冬舎新書)ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学 (幻冬舎新書)
タイトルはなんか内容を体現してないと思えて、ちょっともったいない感じがします。とにかく、口がうまい。さすが漫才師だと、感心しきり。おもしろく読ませるという点で、すばらしい才能だと思います。
読了日:01月29日 著者:島田 紳助
エッセイ脳―800字から始まる文章読本エッセイ脳―800字から始まる文章読本
この本はすごい。「自分の書きたいことを『転』として『結』を付ける。そこに他人が読みはじめやすい『起』を付け、読み続けたくなるような『承』を付ける。」エッセイの場合、文章は枠組みの文章と描写と台詞の3つで書くのだという分類もよく説明されてる。大事なことは繰り返し繰り返し書いてくれてるところなんて、実に教育的。と思ったら某大学の通信教育の授業記録に基づいて書き下ろしたものだとか。さもありなん。ともかく、ここまで具体的にどうやって考えて書いてますというのをあけすけに書いてある本は見たことがない。拍手ものです。
読了日:01月10日 著者:岸本 葉子
伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)
その文章に期待する効果(相手の行動に与える影響)を具体的にイメージしてからそのために必要な文章を書くといいよ、と言ってくれてるように思いました。いい本だと思います。そう心がけようと私も思いましたから。
読了日:01月09日 著者:山田 ズーニー
デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
あれよあれよというまに読み終えた。「いよっ、経済芸人!」って感じ。いえ、ほめてるんです。尊敬に値するプレゼンだと思いますよ。ただし、タイトルと内容はあまりぴったりこない感じ。ここはひとつ歌舞伎風に「経済禍人口大波(けいざいか ひとのおおなみ)」なんてどうでしょう。富裕層の高齢者にお金を使ってもらうなら、相続を困難にするだけではなくて、不穏ですが正確な余命を教えてあげるのがいいんじゃないかなぁとか思ったりしました。
読了日:01月02日 著者:藻谷 浩介

読書メーター

Wednesday, January 12, 2011

エッセイ脳―800字から始まる文章読本

独断の評価:★★★★★



 この本はすごい。

 いわく、起承転結の『転』から発想せよ。これ、同じことを誰だったか漫画家や小説家も語ってたなぁ。もっとそれとなく。

 自分の書きたいことを『転』とする。それでいいのだ。それがいいのだ。と、言ってくれる。言ってくれるじゃないのと思う。

 『転』ができたらそれに付ける『結』には悩むな。どうとでもしていい。これも、そうはっきり言われるとむしろ気持ちがいい。

 しかるのち、そこに他人が読みはじめやすい『起』を付ける。読み続けたくなるような『承』を付ける。そうか、そうだったのか、それでいいのか、なんてコロッと著者の罠にはまってしまいそうな威勢の良さだ。

 エッセイの場合、文章は枠組みの文章と描写と台詞の3つで書くのだという分類も、よく説明されてる。説明は言葉だけでなく、図式化して説明されていたりもする。いたれりつくせりな仕上がりだな。

 大事なことは繰り返し繰り返し書いてくれてるところなんてのも、実に教育的。と思ったら某大学の通信教育の授業記録に基づいて書き下ろしたものだとか。さもありなん。

 文章におけるカメラワークとか、あえて常体と敬体を混用するとか、文語文と口語文を混ぜるとか、ひとひねりして使う常套句とか、「エッセイストの小道具、お見せします」っていう雰囲気。

 ともかく、ここまで具体的にどうやって考えて書いてますというのをあけすけに書いてある本は見たことがないよ。(といって、いまこの文章がこの本の教えに忠実かというと、そんなことはない。これはしたり。)

 でも、この解明っぷりには感動しました。

 拍手ものです。

Friday, January 07, 2011

たった16種類の本の読み方

 本を読むのは、小さいころからずっと好きです。でも、本を読むというのは、いったいどういう行為なんでしょう。ふりかえってみると、一冊の本を読むという行為も、けっこういろんな行為の寄せ集めだということに、あらためて思いいたりました。

1■本と出会うとき出会うところ

 本を読むためには、どの本を読むかを決めなくちゃいけないわけですけれども、これは苦じゃありません。読む前から、「なにか読もうか」と思うと、どこかでスイッチが切り替わります。わくわく感が立ち昇ります。心がざわめきます。たのしい時間です。

 まずは、表紙を眺め、背表紙を読みます。
 本との出会い。それは本と「目が合う」ところから始まります。この時点ではまだ本とは指一本触れあってさえいません。私が本を見つけただけではなく、本のほうでも私を見つけてくれたかのように思います。

 読もうと思うきっかけは、あちこちにあります。机の上でも、病院の待合室でも、図書館でも、書店でも、本が並んでいるところに立ち寄ると、なにげなく見渡してしまいます。鞄を開けると、投げ込んでおいた本が目につきます。インターネットを眺めていても、本の紹介があると目が停まっていることに気付くことが多いです。

2■手に取るまで

 背表紙を眺めているだけでも、本は「読んで読んで」と誘ってくるような気がします。それは、本や雑誌の向こうには、その判型の物理的な大きさを遥かに超える世界が広がっているからです。本を読んでいる時間は、その中に流れる時間が現実の時間の制約を解き放ちます。時間が二重になります。あるいは、時間を超えて考え、感じ、生きることができます。古代の著者と直接向かいあうこともできれば、想像の未来の人物の暮らしを体験することもできます。その意味で、本はタイムマシンです。各界の著名人と対話することもできれば、国も言葉も知らない無名の人に真実を教えられることもあります。その意味で、スティーヴン・キングが「小説作法(2000, On Writing: A Memoir of the Craft)」で書いていたように、テレパシーだとも言えます。

 どの本を読むか決めたら、本に手をかけます。
 背表紙を確認して、指を触れます。それはたわいない挨拶のようなものかもしれません。心ときめくはじめての接触かもしれません。旧知の相手とのなつかしい再会かもしれません。ずっと以前から読みたい、出会いたいと憧れていた相手との劇的な出会いかもしれません。ひょっとしたら、読もうと決めていながら他の相手に気を取られ、背を向け目を伏せていた大切な相手との再会かもしれません。

3■背表紙読み

 背表紙を読むとは、つまり本のタイトルと著者名を読むということです。

 タイトルだけでも、いろんなことがわかります。テーマは何か。そのテーマについて何を語ろうとしているか。どんな態度で扱おうとしているのか。

 著者名がわかれば、その著者の既存の著書やそれらについての評判を思い出します。読んだことのある著者なら、読んでいるときの気分やその著者流の展開が想像できます。読んだことがなくても知っている名前の著者なら、期待を持つことができます。知らない著者なら好奇心が刺激されます。

4■表紙読み

 背表紙を読み、本を手に取ると、表紙が目に入ります。背表紙と大差のない情報しかないような素っ気ない表紙もあれば、写真やイラストをあしらったり、独特の書体でタイトルや著者名を大きく描いた表紙もあります。判型や本を作る紙の素材の手触りや見かけといった風合いや紙の色に凝った本もあります。

 なかでもやはり表紙の写真やイラストは本のイメージを大きく左右します。それは本を活かしもし、殺しもします。少し前には古典文学の表紙を人気漫画家に任せることでよく売れるようになったというニュースもありました。この例に限らず、表紙がいいかどうかで売り上げが大きく変わることも多いことでしょう。

5■帯読み

 新刊書なら、帯もあります。腰巻きともいう帯は、本の表紙の下部を隠しつつ、編集者や著名人による推薦の言葉が書かれていたり、内容の一部をことさらに大書した抜粋があしらわれていたり、著者の顔写真が掲載されていたりして、それ自体が雑誌のように編集されています。

 中には本の縦の長さの半分以上を占めるような大きな帯もあって、そうなるとほとんどもうひとつの表紙という感じになります。派手な帯を取って表紙を見ると、化粧を落としてさっぱりした本の素顔を見たような気分になったりします。

6■裏表紙読み

 本のページを開く前に、本を裏返して眺めることも多いです。裏表紙には著者紹介があったり、あらすじの紹介があったり、あるいは何もなかったりします。書店では、ここにある紹介を読むだけで、衝動買いしたくなることもときどきあります。その本を手に取ったまま、さらに他の本を求めてさまようときの気持ちは、実り豊かな森のなかでおいしそうな果物を見つけて一房もぎとったような嬉しい気分です。

7■解説読み

 解説が付いている本もあります。とくに小説の文庫には、それがよくあります。著者の知り合いだったり、編集者が依頼したその本のテーマに関する専門家だったり、ときには芸能人だったりもしますが、なにかしらその本についての関心を持つ(はずの)人がその本について短い文章を寄せるものです。これは本の著作そのものの価値とは言えないのかもしれませんが、その本全体の価値には大いに寄与していると言えそうです。

 解説がおもしろいと、本文も読んでみたくなります。解説がつまらないと、そこで読むつもりだった本を読まずに戻してしまうことさえあります。

8■あとがき読み

 著者によるあとがきが載っている本もあります。本文を書き終えて、本が完成する前に書かれるものもあれば、本が一度出版された後で、文庫化されたり、別の出版社から再刊されたりした場合に回想録のように書かれるものもあります。

 あとがきでは、著者自身による文章でありながら、本文の雰囲気とはかなり違う文章に出会うこともあるのが楽しいところです。リラックスしたり、客観的になったりしやすいのでしょうか。あとがきでは著者の気さくだったり恥ずかしがり屋だったりする意外な側面がかいまみえるような気になることも多いです。

 あとがきは、グリコのおまけのようなものでしょうか。食玩の玩具のような極端な場合まであるかもしれません。

9■序文読み

 序文には、いつも少しの気負いがあるような気がします。これから本文を読むはずの人のために、「さあ読んでください」という文章だからでしょう。自画自賛とまではいかなくても、自己宣伝の一種とも言える文章ですから、どうしても気恥ずかしさがあったりもするのかもしれません。

 本文の概要を説明したり、どんな人を念頭に書いたかとか、急いでいる人向けだとかの読者のタイプ別に読み方をかんたんに示唆するものもあったり、本を作るのにあたって世話になった人たちへの感謝が書かれていたりして、本を作るのも大変なんだなと思わせるものも多いです。

 序文とは、舞台劇の冒頭の口上のようなものと言っていいでしょう。幕が上がる前に舞台の袖でスポットライトを浴びながら、観衆に向かって来場への感謝と芝居への期待をあおるのです。

10■パラ見・眺め読み

 本の場合は舞台劇や映画とは違って、ページを順に同じスピードで読んでいくことは強制されません。いちおうは最初のページの先頭から順番に読み進めて最後まで読めばわかるように書かれているはずです。しかし、かならずしもそれが一番理解しやすい読み方だとも、一番役に立つ読み方だとも、一番楽しめる読み方だとも限りません。

 私は、物語なら最初から一文字一文字追いかけるように内容を読むことが多いですが、とくにドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(Братья Карамазовы 1880年) だとか、ミルトンの『失楽園』(Paradise Lost ユリウス暦1667年)のような、長大な本の場合には、そうはしないことが多いです。最初から読む前に、まず全体のページを読まずに眺めるようにめくってみるのです。読めないくらいの速さでめくっているだけでも、ときどきは気になる言葉が目につきます。語調や頻出する単語がわかってきます。全体のなかで、とくに長く割かれている部分がどのあたりにあるのかもわかります。

 クライマックスの部分だけ、つい読みふけってしまうこともあります。そうしたとしても最初から読んで大きな文脈の中に埋め込まれたときの印象と、一部だけを先行して読んだときの印象は異なるので、そう困ることはありません。むしろ、パラ見・眺め読みは、テレビの番組宣伝や映画の予告編のように働きます。読みたい気持ちをそそられて、あわてて読むのを止めたりすることもあります。あとで最初から読むときの楽しみにおいておこうと思ったりするのです。

11■もくじ読み

 小さい頃は、もくじは読み飛ばしていました。どうせ本文を読めば読むことになる章のタイトルや見出しだけを列挙したもくじを読む必要はないと思っていたのです。もくじと索引の両方がある本を不思議に思っていました。索引だけあれば十分ではないかと思っていたのです。もくじだけがあって索引のない本について、(欠陥本とまでは言わなくても)どうせなら索引だけでいいのにと思っていた気がします。

 雑誌のもくじは写真やイラストがふんだんに散りばめられていることが多く、レイアウトの工夫がふつうの本以上に施されているので眺めていてもおもしろいです。自分が小さかったころも雑誌の目次は読み飛ばさずに見ていたような気がします。もっとも、それは雑誌の場合、全部を通読するのではないからとも言えます。おもしろそうなところだけを選んで読むからで、必要に駆られて目次を見ていただけだったというわけです。

 しかし、いつの頃からか、もくじを読むことを楽しむようになりました。もくじは本の地図であり、本の縮図です。もくじは本の設計図でもあります。本の構造と流れがひとめでわかります。そう考えれば、ロバート・ルイス・スチーブンソンの『宝島』(1883年)に出てくる宝島の地図を見るように、本のもくじを読むことが楽しくなります。文学作品のように表現や登場人物どうしのやりとりを味わうものはもくじを見ても短い見出しが並ぶだけで、想像の余地が大きすぎて具体的に想像するのもむずかしいですが、たとえばビジネス書や解説書などは、もくじだけでも間に合うものがけっこうあります。

 索引は紙の本では必要ですが、デジタル化されて検索できれば不要でしょう。しかしもくじのほうはそうはいきません。そもそも本を作るときに著者と編集者が未稿の著書について検討する場合には、もくじによる構成案と部分的なサンプルくらいしか材料がないのですから、本は出版されなくても、もくじだけは完成された本も、おそらく大量にあるのでしょう。

12■拾い読み・戻り読み

 拾い読みは、おもしろいです。おもしろそうなところだけをつまみ食いするわけですから、おもしろくないわけがありません。隅から隅までまったくおもしろくない本というのはなかなかないものです。

 もくじ読みをしている最中におもしろそうな箇所を見つけると、そのページを開いて読んでみることも多いです。現場検証です。そうして読んでみると、意外につまらない場合もないわけではありません。しかし、まずたいていはおもしろいことが多いです。そういう箇所の多い本はうれしいです。腰を落ち着けて読みたくなります。書店なら買いたくなるし、図書館なら借りたくなるし、書店以外の店に置いてある本なら店を出る前に読んでしまいたくなります。

 そうやって惚れ込んだ本は抱きしめたくなるものです。書店なら、レジに並ぶ間にも読みふけってしまったりします。至福のときです。

13■走り読み・流し読み

 本をふつう以上に速く読むことがあります。速く読むのはとにかくはやく全体に目を通したいからですが、私にとって速読の目的は二種類あります。ひとつは、検索できれば必要のない走り読みです。もうひとつは、読書体験を大急ぎで済ませるための流し読みです。

 私がいう走り読みというのは、もれなく、くまなく、すばやく読むことです。意味や文脈をたどることよりも、すばやく正確に目的の情報を見つけるために読むことです。たとえば引用句の出典を探すような場合がそうです。大量の検索結果から目的の情報を入手する場合のような読み方です。ページ数の多い本だと苦痛です。途中で精根尽き果てて、別の本を読むことに逃げてしまったりすることもあります。

 私がいう流し読みというのは、すばやく、なんとなく、気配をつかんで読むことです。たとえば、参考書等をいくつかの類似書籍のなかからどれかひとつを選ぶときにその本の印象を判定したい場合がそうです。書評家が大急ぎで書評する場合にも、ひょっとしたら流し読みで済ましている人がいるかもしれませんね。既に読み終えた本をもういちど読みなおす時間はないものの、読んでいるときの気分をもういちど味わいたい場合にもそうすることがあります。既に読んだことがあって、強く印象に残っている本なら、流し読みでも楽しめます。浅い夢を見ているような気分です。いつのまにか、深い眠りに落ちて鮮やかな夢をみるような境地についはまってしまうこともあります。

14■通読

 通読は、ふつうにはじめからおしまいまで読むことです。スピードについても、そんなに意識して速く読もうとがんばることはありません。リラックスして読書をたのしむ方法です。もっとも、おもしろい本を読んでいると、ついついページをめくるスピードがあがってしまうこともあります。そんなおもしろい本をたくさん書ける作家は尊敬してしまいます。

15■再読

 再読は、私にとって特別なことです。再読した本はあまり多くありません。

 私の好きな作家はショートショート作家の星新一とSF作家のアイザック・アシモフです。このふたりにはいずれも膨大な著作があるのですが、それでも手に入るかぎり、ほとんど読んだと思います。いまでも大好きな作家ですが、それでもひとつの著作を数回以上は読んでいないと思います。

 二度三度ではなく何度となく読み返した本となると、さらにわずかです。私にとってのそんな特別な本はアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』(Le Petit Prince 1943年)、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland 1865年)など、数えるほどしかありません。

 くりかえし再読する本には、独特の雰囲気があります。そういう意味でも「星の王子さま」と「不思議の国のアリス」は私の心のなかで特別な位置を占めています。

16■読了

 おもしろい本を読み終えると、「ああおもしろかった」という達成感と「もう続きはないんだ」という少しの寂しさがあります。必要に迫られて読むような本だと、寂しさはあまり感じないかもしれません。おもしろかった本に続編がある場合は、よろこんで読むことが多いですが、続編といえども正編とは独立した著作物です。そうである以上、連続性は限られたものです。やっぱりどこかに寂しさは残るように思います。

 読みながら、気に入った点や気になった点、本の内容から少し離れたことで思いついたことなどは、ノートにメモしたり、人に話したりすることもあります。読み終えた本について、タイトルと読み終えた日付とその本のページ数くらいは記録していますが、できればその本についての意見交換や感想を披露しあうことができるといいですね。

 本を読むことは楽しく、楽しい思いを味わうと、また同じように楽しい思いをしたくなります。本が読めなくなると、とても苦しく悲しい思いに襲われて、なんでもいいから文字を読みたいような気持ちになります。私は、街にあふれる看板や広告も、テレビや映画に出てくる風景のなかの文字も、たいてい目につき次第読んでしまいますが、それでも本を読むこととそうした文字を読むこととは違います。たぶん、私は本の虫。読書中毒といってもいいんじゃないかと思いますが、そんな自分を楽しんでいます。

 読書が好きです。

Tuesday, December 21, 2010

ひさびさにログイン

Google ドキュメントを毎日使っています。

体重計が教えてくれる毎日の測定値を記録したり、財布の中身を書き留めたり、読んだ本を記録したり。

そこにログインするのには、Gmail のアカウントを使っているのですが、しばらくずっと、 Gmail は見てもいませんでした。

佐々木俊尚さんの著書「仕事するのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ」を読んで、 Gmail を再評価しました。

ひさびさにログインしてみると、いくつか未読メールが。

そのなかに、ずいぶん前に出したこの Blogger サイトについての Google AdSense への認証完了依頼メールが含まれていました。ためつすがめつ、そのメールが案内してくれる契約文書やヘルプを読み進みました。知らない森の中を散歩するような気持ちで。ときどき木漏れ日が差し込む文字の林を。小鳥の呼びかけの聞こえる緑のなかを。歩くたびに音を立てる乾いた枯れ葉を踏みながら。

このブログはほとんど誰からも閲覧されていないと思いますが、とりあえず途中だったものは完了させることにして。

新規撒きなおし。ということにしたいと思います。

Wednesday, December 26, 2007

人生のプロジェクト

★★★★★

すごい本です。
感動しました。
プロジェクトの進め方の本でもあり、人々への応援歌でもある。

この本ができたとき、著者たちはさぞうれしかっただろうなあと思えます。写真。少しの文字。断定。短い疑問文。そういった要素をだんだん積み上げて、大きな効果をあげていると思います。

写真にはインドかどこかのアジアっぽい外国の写真が多く使われていて、その土地の子供たちや大人たちの生き生きとした姿が切り取られています。個人的には著者が日本人なのにこの写真に日本人の姿が見当たらないことが少し不思議でした。貧しくても元気よく生きている様子を撮りたかったのに、現在の日本にはそんな人がいないか、いてもこの本の印象をよくすると思わなかったのでしょうか。

それでも、この本の発表会というのが仮にあったとして、私がたまたまそこに立ち会っていたとしたら、私は立ち上がって拍手をするでしょう。思い切り強く音をたてて、手のひらが痛くなってもなおたたいていることでしょう。私はこの本に賛辞をおしみません。

Tuesday, December 25, 2007

ヒット商品を創るデザインの力

★★★☆
顔が映るほどのつややかな黒い紙が使われていて、装丁が美しい本です。さすがはデザイナーの著書。そう思わせる仕上がりです。

液晶テレビAQUOSの製品デザインの成功談で始まり、デザイナーとしての来歴を振り返り、グッドデザイン賞の総合審査委員長を務めた経験も踏まえつつ、国家を挙げてのデザインの時代がきていると宣言する。本書の内容は、鼻につくことはないものの、ある意味で自慢話を聞いているような感じもします。語り口はさらっとしているので読みにくくはありません。

写真がたくさん掲載されていて、話もよくわかります。体験談としては興味深いところが多いです。欲をいえば、体験談の枠を超えて、ほかのデザイナーの例をもっと挙げてあるとよかったかな。

どんな製品がわたしたち利用者の美的感性をくすぐり、ほしいという気持ちに火をつけるのか。その企画・開発・販売・サービスには何が意識され、どんな取り組み方がされるのか。そういった作業がかいま見える本として、見て楽しく、読んでおもしろい本でした。

デザイン思考の道具箱

★★★★
企業が製品を事業としてデザインする場合にも、心地よさや喜びが感じられる製品にするためにはどうするか。こんなふうに取り組むとよいのではないか。そんな提言が方法論として語られています。

著者は大学教授であり、かつ会社経営もされているそうですが、著者自身がこの本を書くことをとても楽しんでいるような印象を受けました。おもしろい本です。早川書房はSFやノンフィクションばかりではなくビジネス関連でもおもしろい本をよく出していますね。

黒い地の文の文字と、蛍光色のオレンジがかった赤の見出しの二色刷りで、ちょっと蛍光色の部分が見づらいと感じました。そこだけが残念。

プリンに醤油でウニになる

★★★☆
とってもいろものなタイトルですね。
いつだったか、テレビで森永卓郎教授が食べてみていたシーンを覚えています。
この本によればプリンと醤油だと安物のウニの味になるそうですが、ともかくプリンの味に含まれる卵の味と甘みと柔らかい口当たり自体、においを除けばわりとウニに似ているような気もします。

さて、この本は味覚センサーの本です。ついでににおいセンサーについても触れられています。味やにおいを物理的・化学的に識別する仕組みと装置を発明した顛末とその応用についての展望を語っている本です。味覚センサーを使って客観的に数量化した結果は人間の味の感覚とよく適合していて、逆にいえば味わったことのない味でも、味覚センサーで測定した結果をもとに味を云々することの妥当性を主張できるということになります。測定結果によれば、プリンと醤油の(配合の割合にもよるでしょうが)合わせた味はたしかにウニの味に近いということがわかるそうです。さらに、味覚センサで数量化した配合を人工的に再現することも可能になるので、将来は味覚センサーと味覚ディスプレイを組み合わせて時間や空間を超えて味の再現/通信ができるだろうということで、興味をかきたてられます。

付録にはいろいろな食品のテイストマップ(味の地図)がついています。日本酒・焼酎・ワインの味覚マップは飲み会に持っていくとメニューではわからない味で選べて便利そうです。

プログラミングMac OS X for Unix Geeks

★★★
5年ほど使っていた東芝製のDynabookのハードディスクが故障してしまったので、パソコンを買い替えました。トム・デマルコの著書「デマルコおおいに語る」でMacintoshに興味をもっていたので、Apple社のMacBookにしてみました。それで、MacのOSの本を読んでみることにしたのです。

技術書なので、いわばマニュアルを読むようなものですから、途中途中で退屈になることもあってほかの本に浮気したりしましたが、そんなにページも多くないので、ぜんぶ読むのに実際にかかった時間はそんなに多くありません。

WindowsともUnixとも違うMac OS X(UNIXを名乗る資格はあるそうですが)の入門に、読んでおくとよい本だと思います。
アプリケーションがディレクトリのクリックで起動できるようになっているという仕組みなんかは、とても新鮮でした。


一瞬でやる気が出る脳のつくり方

★★★
やる気がでないのはなぜか?
どうすればやる気を出せるか?

そもそも脳というものは、先の見えない努力は嫌がる。できそうもないと考えることもしたがらない。疲れていたら眠りを求める。脳というのはこういう性格なのだ。だから、脳がいやがらないように仕向ければやる気を出すことはできる。脳がいやがらないような仕方でやる気を出すようにするほうがいい。そういう書き方がされています。ほんとにやる気が枯れつきてしまったのだとしたらそれはもう病気だから治療が必要で、その現れ方は、やる気とエネルギーのそれぞれの多寡によって決まる。それは躁・鬱・不安障害・慢性疲労症候群の4通りの現れ方となるそうです。

説明の仕方が学術的ではないので、ビジネス書のコーナーに並んでいるのは正解ですね。実践的・実用的には十分でしょう。

著者は心理学者だということで当然そうしたバックグラウンドはあるのでしょうが、それを表にはあまり出さずに、たとえ話で説明を進めます。それはとてもわかりやすくて納得もいく説明ではあるのですが、そればかりだと物足りない感じもしました。出典を示したりテクニカルタームを示したりされないと、どうもたよりなく感じたのも事実です。

もう少し学問ぽい語り口のものも読んでみたいと思いました。

意外と知られていないSNSの謎を解く

★★★
会社で社内SNSというのが始まってしばらく経ちます。
もうひとつ、SNS(Social Networking Service)ってなにさ、というのがもやもやしていたので読んでみることにしました。

本書は見開き単位で書かれていて、右ページはイラストによる説明になっています。
見開きごとにトピックが設けられていてそれぞれ簡潔にわかりやすく説明されています。
SNS読本としてはよくまとまっていると思います。

SNSは、タモリの「笑っていいとも」のテレフォンショッキングでのフレーズ「友達の友達はみな友達だ」を技術的に実現するもの、という感じでしょうか。

「遠くの親類より近くの他人」っていうことわざがありますが、SNSみたいな社会的基盤が整ってくると「近くの他人より遠くの知人」っていう風潮が加速するかもしれませんね。隣の人の顔と名前は知らないけど、地球の反対側の友人が昨日ケガしたのは心配っていう具合に。

ネーミングの掟と極意

★★★

ソフトウェア開発における命名についての本です。
おもに、日本語で命名する機能名などの選び方、名付け方が話題にされています。
プログラミング上たいせつな英数字による関数名や変数名の付け方についてもいくらか話題にされていますが、どちらかというともっと根源的な命名についての考え方を学ぼうという本です。

書名からはルール集とか法則集のようなものを思い浮かべたのですが、そうではなく稽古場という感じを受けました。

期待とは違う雰囲気の本でしたが、それなりにいい本だと思います。
説明のしかたはかなり上手です。

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あなたはコンピュータを理解していますか?

★★★★

情報科学で基本となる概念を卑近な例で解説してくれます。

インスタント味噌汁でエントロピーを語り、石油パイプラインで(情報)チャネルを、ジュースの自動販売機で有限オートマトン、お坊っちゃまの足下に絨毯を継ぎ足してまわる爺や(一種の水道管ゲーム)で参照の局所性について語るという曲芸的な、それでいてなんとも腑に落ちる説明が披露されます。

巻末には解説付きの参考図書リストがあるだけでなく、本の選び方についてのエッセイまで付いています。

まだ読んだことがなかったら、いちど読んでみるといいですよと、おすすめできる本です。

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ワインバーグの文章読本

★★★★

著者は「ソフトウェア文化を創る」シリーズとか「プログラミング心理学」とかで有名な人です。この本を読む前に読んでいた本が斎藤美奈子の『文章読本さん江』だったので書店で見かけたときには苦笑しました。この人もついに文章読本を書くようになったのかって。

もっとも、ワインバーグさんはユーモアたっぷりなことはあっても美文を書く人ではなく、理解を促し説得する文章を書く人なので、その文章読本といえども文章の書き方というよりは本の書き方についての本になっています。

副題のとおり、一貫して自然にある石を組んで壁を作ることを比喩にして、日常の発見や自分の経験・人の経験から文と文章を作る方法、それらを本にまとめあげる方法について説明してあります。

売り込みについても書こうと考えたがやめることにした、ということですが、もし書かれていたら本を書くつもりのない読者にとっては退屈な章になりそうです。やめて正解だったのではないでしょうか。

全体に、とても好感度の高い本です。文章に表れている著者の人柄が好ましいからでしょうか。

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Monday, July 18, 2005

Open

開いてみました。
といっても、まだなんの方向性も決まっていません。
さて、どうしようかな。